❤︎3





月面

本作は「THE NEGATIVE」というシリーズを構成する作品群の一つにしようと思っている。作ろうと思い立った動機は、一年前の冬に一度自分の写真が信じられなくなったからだった。どの写真もそれが「本当」だと感じられなかった。今思えばよくあるビキナーズラック的なものだったのだと納得させる事も出来るが、どうしてもそこに見落としがちな大切なものがある気がしてならなかった。だから時間をかけてこのシリーズを作り、自分があの時写真を信じられなくなった理由と向き合う事にしたんだ。あの時、と一年前の自分を指して言ったが、実はそれは無くなった訳ではなく今でもずっと頭の片隅に残っている。ただ写真をやるにあたって他の大切な事にも気付いていったから紛らわせる事が出来ただけだ。どうして写真を信じられなくなったのだろう? その思いを抱けば抱く程、自分の写真はおろか他者が撮った写真にまで疑いの目を持って見るようになっていった。正直に言えばあまり心地の良いものではなかったし、その疑念を抱いたまま写真を今までのように撮り続ける事は苦しいし、し、し、と挙げればキリが無いくらいもっともな言い訳を考えたのだけれども、結局納得するに至る理由は分からなかった。ある時学生に講師がデジタルとアナログ(銀塩)の違いをやけに区別しながら話しているのを聞いて、確かに双方の違いやそれぞれの魅力も分かるのだが、「本当に垣根なんてあるのだろうか?」とぼんやり考えた。もしデジタルとアナログが違う写真分野として区別されているのなら、その両方を持つジャンルは開拓されているのだろうか、と続き、それが本作の手法のヒントとなる。デジタルで撮った写真を暗室でプリントする事によって何か意味が生まれるのだろうか。あまりその点に興味がある訳ではなかったが、暗闇から出した自分の写真がネガポジ反転されているのを見て、不思議とデジャヴを感じたんだ。一瞬何のデジャヴだったのか分からなかったが、少しして夢で見た景色のデジャブだと気付いた。その夢の中で私は薄暗い夜の荒野を歩いていた。所々膨らんでいてクレーターらしきものもある。ああこれはきっと月面を歩いているのだ、と思うと、その地面が起き上がり大きな女の顔が二つの山の向こうからこちらをじっと眺めていた。月面だと思っていた地面はその女の体の表面だったのだ。そこで私は夢から醒めるのだが、その目醒めの感覚が、ふと写真を信じられなくなった時の感覚を鮮明に蘇らせ、そしてそれこそ夢から醒ますかのように拭い去った。私はあの頃、夢のような自分の世界と現実の外の世界とのギャップに戸惑っていたのだと気付いた。双方の違いはあるものの、だからと言ってどちらかが嘘という訳ではないし、私がそこに居た事に変わりはなく、要はそれぞれを同じように見ているだけだったんだ。思えば写真もそうだった。構造上、カメラが捉えている光はネガでありポジでもある。どちらもその対になったテクスチャの裏にある景色は同じ筈なのに、陳腐なエフェクトによってこうも見え方が変わってしまう私達の瞳は果たして信用に足る物なのだろうか。(ここに本作を「作品」として発表する事の意味がある。)そしてその疑いは現代の写真表現における「自己と他者」という客観性を孕むと、私がかつて抱いた写真に対する曖昧な疑念を「そもそも写真作品とは何か」という具体的な疑念へと導いた。写真は時代や現実を写す客観的手段なのか、本当に自己表現ではないのか、そういった数々の「疑念」を本作を通じて鑑賞者に感じ取って欲しい。(または文字通り世界をひっくり返したいだけだったのかも知れないが。) そして信じる前にもう一度疑って欲しい。「写真」という誤訳そのものを。この疑いに対する何かしらの答えを見つけられた時、写真というメディアの意味がまた変わってくるのだろうか。そんな希望も疑念を抱きつつも少しばかりは持っている。シリーズのタイトルとなる「THE NEGATIVE」とはつまり、写真に対する疑念の感情と、カメラを介して見える世界の裏側、その存在を指している。